1985年(昭和60年)8月12日18時56分、東京・羽田発大阪・伊丹行の日本航空123便ボーイング747SR-100(ジャンボジェット、機体記号JA8119、製造番号20783[1])が、群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(通称「御巣鷹の尾根」)に墜落した。乗員乗客524人のうち520人が死亡する史上最悪の事故となった。

(事故機ボイスレコーダーより)


原因は、圧力隔壁が破裂し垂直尾翼が吹飛び、油圧系統の全機能が失われ、操縦不能に堕ちいったことにある。同機はこの事故以前に尻もち事故を起こしており、その際にボーイング社が行った圧力隔壁の修理の作業にミスがあっと結論付けられている。

(2005年の報道番組より)


異常発生から墜落まで

離陸から12分後、相模湾上空を上昇中に突然衝撃音が発生する。この音は、圧力隔壁が破壊した際の音だった。その後、垂直尾翼が吹飛び、そこから油圧の油が流出し、油圧系統が全て機能を失い操舵が不可能になる。

機体はフゴイドダッチロールを起こし迷走、クルー(機長、副操縦士、機関士)は、エンジン出力の調整のみで上昇や下降を繰り返しコントロールを試すも迷走は続いた。降下手段としてランディング・ギア(車輪などの降着装置)を降ろし、高度22,000ftから6,000ftへと一気に15,400ft (4,600m) 降下する。

その後、機体は羽田方面に向かうものの、埼玉県上空で左旋回し、群馬県南西部の山岳地帯へと向かい始める。クルーは山への衝突を避けるため必至にコントロールを試し続けるが、それもかなわず、群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(通称「御巣鷹の尾根」)に墜落した。

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乗客のほとんどがとてつもない恐怖の中で亡くなられました。とても悲惨な事故です。このよなことが二度と起きないことを願うばかりです。

ご冥福をお祈りいたします。